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当社がようやく発展しはじめたころ、昭和十三年〜十五年の納豆製造作業風景

創業者 小杉金吾と納豆づくりの風景

納豆製造所といえるほどになった頃

納豆自慢は、創業時の製法に近づけ、昔ながらの味を引き出した小杉食品自慢の逸品です。


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創業者 小杉金吾が故郷の新潟から桑名へ居を移したのは昭和5年妻のかうとヨチヨチ歩きの子供を一人連れて、雪国新潟を後にし、友人の元を頼りに夢を追いはるばる伊勢の国桑名にやってきました。これといって定職は無く、自転車で佃煮の行商などをして食いつなぐ毎日でした。

秋も深まり、家路につくペダルを踏む足に思わず力が入る夕闇の中、ふと思い出す生地雪国での納豆の味。この地では口にすることのない味 納豆!あの懐かしい味 納豆を食べたいと思う心と、ここで作ってみたいと思う心がひとつになって脳裏をかすめました。これが生来の粘り強さで、苦労の始まりとなりました。この時が昭和8年頃となります。

新潟県の生家では、年末になると恒例のように手造りで納豆造りをして、お正月のご馳走の一つでした。金吾はあの懐かしい納豆の味をもう一度と、いそいそと心弾ませ納豆造りに精を出しました。けして順風満帆ではなく、糸引きが思わしくなかったり、量を増やすとまたうまくいかない・・・と試作と失敗の繰り返しでした。試行錯誤を重ねていくうちにようやく満足いく納豆造りに成功しました。 ところが、当時の桑名の人々には、味も食感も奇異な代物。自転車で納豆を行商しましたが、「こんな腐ったもの売りに来て」と怒られる毎日でした。桑名では納豆というと甘い 甘納豆しかしられていませんでした。しかし、金吾の情熱と地道な努力で、桑名の町に納豆のファンが増えてきました。

そして昭和13年頃には「納豆売り」ではなく「納豆製造所」といえるほど成長した小杉でしたが、太平洋戦争が始まり納豆の原料とする大豆が思うように手に入らないという壁にぶつかりました。それでも金吾は、戦後の焼け野原の中、自分が食べる米を減らして大豆を手に入れ、納豆をつくり続けたのです。小杉食品には納豆に生涯を捧げた小杉金吾の心意気を受け継ぎ。これからの時代を見据えたおいしい納豆づくりにこだわり続けています。